オリンピックとユニフォーム

2014年冬季オリンピックは『ソチ』で開催されます。ソチオリンピックで日本代表団が着用するオフィシャルスポーツウェアはJOCオフィシャルパートナーの株式会社デサント、ミズノ株式会社、アシックスジャパン株式会社の3社です。オフィシャルスポーツウェアのお披露目の時には、スピードスケートの加藤条治選手が株式会社デサントのスポーツウェアを着用。アイスホッケー女子の久保英恵選手がミズノ株式会社のスポーツウェアを着用。アイスホッケー女子の鈴木世奈選手はアシックスジャパン株式会社のスポーツウェアを着用しました。

日本代表選手団が開会式・閉会式・表彰式で着用するのは「株式会社デサント」のウェアです。ウォームコートはもちろんですが、キャップやグローブそしてソックスとまさに上から下までが提供されています。日本選手団の公式ユニフォームが手元に届くというのは、選手にとってもスペシャルな思いがわきあがるようです。アメリカ選手団はラルフ・ローレンが「Made inUSA」を前面に押し出したウェアを展開しています。オリンピックは選手団のウェアにも注目が集まるまさに4年に1度の祭典で、最先端のウェアが発表される舞台でもあります。

フィギュアスケートの浅田真央選手も2010年バンクーバーオリンピックを終えた後に、「年が明けてオリンピック代表のウェアが届いた時から、今までテレビで見ていた夏冬オリンピック選手団が入場行進する時に着用してきた公式ウエアなのだ、と考えると、更に嬉しさが増し、早くこれを着て日本代表として出場したい、大きな舞台で最高の演技をしたい」と思うようになったと語っています。誰よりも確実にオリンピックの切符を手中にしていた浅田真央選手も、オリンピック代表のウェアを手にした時からいろいろと試着したというほど、オリンピック日本選手団のウェアを着るということは『特別』なこと。ということが伺えます。

冬季オリンピックの特徴

冬季オリンピックが一番最初に開催されたのは1924年(大正13年)です。夏季オリンピックが開催されてから28年間経ってからの開催でした。夏季より開催が遅れた理由として、クーベルタン男爵(近代オリンピックの父)が「オリンピックは夏だけのもの」という考えがあったので、ウィンタースポーツを競技種目に取り入れることに反対だったといわれています。

1900年代にヨーロッパを中心にスキーやスケートが大流行したことをうけて、1908年にフィギュアスケート1920年にアイスホッケーが夏季オリンピックの正式競技に決まったことで1924年に第1回冬季オリンピックが開催されました。

冬季オリンピックの特徴は屋内で行われる競技(フィギュアスケートやカーリングなど)もありますが、大自然の中で行われる競技が多くなっています。そして冬ということもあるので自然環境も厳しく苛酷な条件下で行われるスポーツが多くなっています。冬の競技は道具を使うので、メーカーや企業の開発を競う場所でもあります。メーカーの道具の開発発展から、ルール改正もナアンドも行われてきました。もちろんメーカーや企業が開発したものを使いこなすのは選手です。超トップアスリートが自身の持つ最大の力量を競いつつ、いかに優れた道具でさらにその記録を伸ばしていくか・・・とスポーツ用品の発展とトレンドも楽しめるのが冬季オリンピックです。

氷上のF1

ボブスレーはレーシングカーと同じような開発競争が行われています。バンクーバーオリンピックの時に、ドイツではBMWが開発協力したものを利用したいて、イタリアではフェラーリ製のボブスレー用そりでした。フェラーリの色と同じ赤色のボブスレーのソリは、まさかの失格でしたがイタリアで1年間をかけて制作されたそりはフェラーリの工場で1年間を費やして開発されて多額の費用をかけてコンピューターにようる計算をして理想の形状を求めたソリでしたが、重さに最低限必要な重さに足りていなかった為に失格という結果でした。

どうしてそのようなミスが起きてしまったのか。とても不思議ですが、ボブスレーが強い強豪チームはオリンピックのたびに700万円近くする新型ボブスレーをさらに数百万円をかけて改造して出場してきます。ボブスレーのそりを見てもらうと分かりますが、ウィンタースポーツの盛んな海外のチームにはF1のようにスポンサーのステッカーが貼られているのを観ることができます。ボブスレー用のソリは空気力学の観点で研究開発が進められています。

アメリカ代表のボブスレーはNASAが全面的にバックアップしていて、イギリスにはイギリス空軍がバックアップしているチームもあります。では日本ではNASDAC?と思いますが、日本では「下町ボブスレー」と銘打って、2号機がお披露目されました。大田区の「夢を形に」というキャッチフレーズで大田区のものづくりを結集したものが「下町ボブスレー」です。下町ボブスレーを作っているのは、大田ブランドの登録企業の株式会社昭和製作所、株式会社上島熱処理工業所、株式会社マテリアルを中心にした大田区の町工場です。空力解析をするのが株式会社ソフロウエアクレイドルと東京大学が設計と開発を担当しています。

ウェアを楽しもう!

ウィンタースポーツはウェアを見るのも楽しいものです。アメリカはUSスノーボードチームが着用する公式ユニフォームはBURTON(バートン)です。バートンはトリノ・バンクーバーに引き続いての連続の公式ユニフォームですが、ソチの公式ユニフォームもアメリカの伝統でもあるパッチワークと星条旗を組み合わせているヴィンテージのような仕様になっています。まるで手縫いのような風合いになっているウェアですが、21世紀のウェアらしく技術は最先端。

冬季の厳しい天候下になった時でも選手が温かくドライな状態でいられるための最高水準の機能になっています。アメリカ陸軍ナティック兵士研究開発センターで新素材「DRYRIDE Vaporshellラミネート」を研究開発した結果、どのような気象条件でも耐えられるような仕上がりは、究極の防水性と透湿性を兼ね合わせています。

上村愛子選手はフリースタイル・モーグルの選手ですが、この競技はスピードを競うだけではなくエアなども含めての採点競技です。審査員のビジュアルにも訴える必要があります。予選は昼間に始まりますが、決勝は夜に行われることもあるので太陽光でも映えるもの。そしてナイターにも映える発色がウェアに取り入られるように開発されています。

スピードスケートやスキージャンプなどは「空気抵抗」がとても大事になってきます。スピードスケートのスーツは選手がゴールしたらすぐにフードを外しますが、それは空気抵抗を考えられてウェアが作られているので前屈仕様になるように縫製されているのでフードをしていると圧迫感がありきついようです。

スピードスケートのスーツを着用するのにも時間がかかるようで、身体にピッタリとフィットするように空気抵抗を減らすためにシワがよらない素材で作られているそうです。そして各国極秘にウエア素材の開発もしています。スピードスケートの世界では、スケート靴の次にレーシングスーツがタイムに影響を与えるといわれています。

アメリカ代表は「アンダーアーマー」が公式レーシングスーツを担当して、日本は「ミズノ」が担当しています。アンダーアーマーはアメリカ航空宇宙大手のロッキード・マーチンと共同でレースにおける選手が受ける空気の流れを分析して、頭部の部分と身体前面部が重要とみなして、新しいテクノロジーを追加したそうです。もちろんそれも極秘に勧めているので、他社にその素材が分からないように写真など当然非公開です。オリンピックが始まって初めてお目見えできるレーシングスーツです。もちろん「ミズノ」も日本の最先端の技術を凝らしたもの作ってきていて、レースをする当日会場にもミシンを持ち込みギリギリまで選手の身体に合わせて調整をします。選手だけではなく、レーシングスーツを作るメーカー側の熱き戦いの場所でもあります。

「ミズノ」のレーシングスーツに身を包む日本選手が着用するスーツには、空気抵抗を軽減するためにどんな工夫が施されているか?!というと、背中の右肩から左肩部分といった身体の各パーツをつなぎ合わせている縫い目を盛り上がらせるような工夫が施されています。

スキーの競技で「スキークロス」という競技がありますが、「スキークロス」は雪の上での障害物競走とも言われていて、見ている側にとっては非常に分かりやすい競技になっています。4~6人の選手が同時にスタートを切ります。ジャンプやウェーブ、バンクをクリアーしていって一番最初にゴールした人が勝ち!というルールです。障害物があるので、接触事故も当然多くあります。安全面を考慮して、国際規定で「ウェアの上腕周りは3センチ、太もも周りは4センチ以上のゆとり」がウェアに必要と決められています。もし接触した時でも、ゆとりがあることでクッションの役目を果たしてくれるからです。

スノーボード

バンクーバーオリンピックで、スノーボード選手の日本選手団公式スーツを崩している姿が「けしからんっ!」と話題になりましたが、スノーボードでは「800万ドルのスーパースター」と呼ばれるション・ホワイト選手がいます。トリノ・バンクーバーで金メダルを獲得している選手ですが、その技が彼しかできないいわれています。2012年の冬のXゲームズ、スノーボードsuperpipeで、史上初のパーフェクトスコア(100点満点)をたたき出しました。

スノーボードが爆発的人気になったのは1990年代です。1985年に映画「007美しき獲物たち」が公開されましたが、ジェームズボンドを演じたロジャー・ムーアの代わりにトム・シムス(1976年:シムス・スポーツ設立)が演じいます。この時のジェームス・ボンドはスキーとスノーボードを利用して任務を遂行しますが、この映画の中でスノーモービルのスキーをスノーボード代わりに利用するシーンになっています。この時はまだスノーボードとは呼ばれていませんでした。スノーサーフィンと呼ばれていて、まだこのスポーツは一般的ではありませんでした。

1991年に国際スノーボード連盟が発足して、ワールドカップ大会3戦が開催されました。オリンピック競技に採用されたのは1998年長野冬季オリンピックからです。アルペンスタイルのパラレル大回転、フリースタイルのハーフパイプが正式種目となりました。

2014年のソチ冬季オリンピックからアルペンスタイルのパラレル回転、スリースタイルのスロープスタイルが正式種目になります。

BURTON(バートン)

USAチームの公式ユニフォームを提供するBURTONはアメリカのバーモント州バーリントンにあります。スノーボードが爆発的に受けた理由のひとつに、バートン社が行ったスノーボードの認知を促すための草の根的努力があげられるでしょう。そしてトップレベルのスノーボーダーを集めたチームなどによって、世界中でスノーボーディングの成長を加速させています。

1977年に創業者のジェイク・バートン・カーペンターが、バートン・スノーボード社を設立しました。1980年代の中頃にゲレンデを滑る事が出来る道具を開発すると同時に、大量生産の体制を築きあげました。バートンチームに所属するショーン・ホワイトは1986年生まれですが、ショーンが6歳のとき(1986年)にショーンの母が6歳の息子に合うサイズがあるなら見たい。とバートン社に電話したことがキッカケとなって、13歳のときにショーンのスポンサーになりました。そしてプロスノーボード選手として活動を始めていますがプロスノーボード選手となったと同時にスケートボードでもプロに転向しています。

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